映画「君の名は。」を見てきて「すばらしい!」と思った3つの点 【その3】
ヒットを支えた二つの意識 ―――エンタメ性と大衆性
前回の記事から間が空いてしまいましたが、最後はマーケティング的なすばらしさと言う観点から。
私自身、どういう言葉をチョイスしようか迷ったんですけど
この映画を見終わったとき、「うまいなあ~」という感想を抱いたんです。
それは同意味で「うまいなあ~」と思ったのかを、述べていこうと思います。
新海監督作品と言えば「秒速5センチメートル」が代表作、と言う風に
「君の名は。」が登場する以前はファンの中での定位置化していましたが
新海監督曰く、「常に新作は前作を超えるものを作りたい」「皆さんから好評をいただいた『秒速』を超える代表作を作りたいという思いはあった」と以前の記事(第一回)の動画の中で語っていました。
(過去のインタビューでも「一番最新の作品がつくってもらえるように」と言う心がけは常に持ち続けていた方だとうかがえます。参考はこちら↓)
そんな各作品に自分なりのマイルストンを設定して作品作りを行ってきた新海さんの集大成が今回いかんなく発揮された結果となりました。
この集大成を発揮するにあたって、
前回、前々回で述べたような新海さん自陣の作品の個性が持つ魅力が詰まっているだけではなくて
「エンタ―テメントとしての側面」という点と
「一般の人々にいかにアニメを届かせるか」という点を新海監督が自覚的に行い、制作側も協力したからこそ
爆発的なヒットをかましたのではないかと考えています。
その二つの意識が要となっているとうかがえるインタビュー記事がありましたので
ちょっと紹介します。
※途中新海監督のコメントは以下の記事から抜粋しています。
◆「エンタ―テメントとしての側面」という意識
このインタビュー記事にも書いてありますように、「君の名は。」では今までの作品の中でも特に目を惹くくらい前向きな空気を醸すようになりました。
本人曰く「『言の葉の庭』と『君の名は。』の間にした色々な仕事からの連続性」の結果としてこの空気になった、と語っています。
新海(以下敬称略)『なかでも本作をつくるうえで最も大きかったのが、「ダ・ヴィンチ(KADOKAWA)での小説版「言の葉の庭」の連載です。
およそ8カ月、オムニバス形式の連載だったので、ひと月ごとに物語を完結させる。それらは今思えば、物語づくりのトレーニングとして、「君の名は。」につながっています。1話を書くにあたって、数冊の本を読んだり、数人の人に会って、話を聞いたりしていて、創作に関わる一連の活動で得た手応えや手つきを使ったという意味で、「君の名は。」にも連続性を感じますね。』
そして、そういった仕事の中で物語作りの力を蓄え本作の製作に取り掛かった際に
監督は「なにかしらの願いの物語にしたいという気持ち」を念頭に置いて邁進していったと語っています。
新海『東宝で300館規模だから、とかではなく、なにかしらの願いの物語にしたいという気持ちがありました。震災以降、大きな事件や災害があった中で、いろんな人が願ったり祈ったりした気がします。「こうじゃなかったらよかったのに」とか「こうすればよかった」と。
2010年代は、そういう、社会全体が強い願いや祈りに支配された時間が何度かありました。現実で実際に叶ったもの、叶わなかったものがあったと思いますが、フィクションでは、そこに希望を込めた物語を描きたかったんです。
例えば「秒速5センチメートル」をつくったときは、そういう感覚がなかったんだと思います。強い願いや祈りみたいなものを持っている人は個々にはいたんだろうけど、社会全体としては持っていなかったと思うんです。みんなが実際に体験したことだからこそ、絵空事ではない、もう少し生の感覚として描けると思って、今回のような結末を描けたんだと思います。』
つまり監督はこの「君の名は。」に関しては特に見ているお客さんの等身大の気持ちに寄り添うことを意識し、
そのためにエンターテイメント性を高めることを狙ったと考えられます。
例えば、今回この作品において監督はお客さんの気持ちの上がり下がりを完全に把握したうえで作品を完成させる、という試みを重視したと語っています。
新海『「君の名は。」の上映時間である107分間をいかにコントロールするかは、僕にとっての大きな仕事でした。具体的に言うと、107分間の観客の気持ちの変化を、自分の中で完璧にシミュレーションする。過去の作品では把握しきれなかった時間軸を、今回は完全にコントロールしようと思いました。
とにかく見ている人の気持ちになって、できるだけ退屈させないように、先を予想させない展開とスピードをキープする。一方で、ときどき映画を立ち止まらせて、観客の理解が追いつく瞬間も用意する。それらを作品のどの場面で設けるか、徹底的に考えました。』
また、「言の葉の庭」 から関わりがある東宝アニメーション側の意見もうまく取り入れて作品に反映させている節も見られます。
特にプロデューサーである川村元気氏からのアドバイスは新海監督も積極的に向き合っており、度々インタビューの中でもお話を伺うことができます。
これまで数々の映像作品を世に送り出してきた大手と言うこともあり、
大衆向け映像コンテンツはどういうツボを押さえると売れるのか、と言う視点に関しては東宝はプロフェッショナルです。
そういう「エンタメを売るプロ」の視点も交えながら作品の方針を固めて言った姿勢からも
今回の作品をよりいろんな人に見てもらおうという意気込みは特に強かったのでしょう。
新海監督はもともとおひとりで自主製作のアニメーションから始まったというところもあり、
それまでは作品がいかにウケるかと言うよりも、作品に自身が表現したいものを最適な形で表現することに重きを置いていたと見受けられます。
結果的に彼のその感性が大反響を生んだ最初の作品が「秒速5センチメートル」だったわけですが、
こちらの作品はどちらかと言うといわゆる「玄人ウケ」する作品のため、大衆性と言う意味では今回ほどは意識していないようです。
しかし、作品作りをこなしていくにつれ、作品を作るにつれて監督自身の環境の変化やそれに伴う影響、心境の変化が相まって、
よりお客さんに届けるための作品を、という意識が強まっていったのではないかと考えられます。
◆「一般の人々にいかにアニメを届かせるか」という意識
さて上記でも少し述べましたが、今回監督は「君の名は。」でお客さんに届かせることを意識して作品制作に臨んでいたということを述べました。
とはいえ、監督の今までの作品層は基本的にアニメに興味がある、またはアニメ文化に造詣が深いどちらかといえば「オタク」ないしは「ニッチ」な人々にウケていました。
しかし今回は「幅広くいろんな人に見てもらう」ということを念頭に置いているため、
これまでの作品とは違い「幅広く色々な人に見てもらうには」の対策を打っていると見受けられる部分があります。
①「一般向け」アニメと「アニメ好き向け」アニメの感覚のミックス
監督曰くこれは偶発的にできたというふうにおっしゃっていますが、
「君の名は。」のキャラクターは「一般向け」アニメと「アニメ好き向け」アニメの両方の成分がうまく融合して動いています。
キャラクターデザインの田中将賀さんは「あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない。」「心が叫びたがってるんだ。」などでも知られる、
深夜アニメ好きなら一度は目にしたことがある「アニメ好き向け」の人々には認知度が高い方です。
一方、作画監督の安藤雅司さんは「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」などのジブリ作品を中心に活躍されている、いわゆる「一般向け」アニメを手掛けてきた方です。
そのため、キャラデザはアニメに詳しくない人々からすると新鮮に映る反面、
キャラの表情の動きやしぐさ等は昔見たジブリアニメのキャラクターたちに感じるやわらかさがあるため、
比較的違和感なく幅広い観客に受け入れられやすくなった、と言う効果が生み出されています。
これが深夜アニメ等のノリでつっこんでしまうと、いかにも「アニメ好きが喜びそうな作品」に偏る可能性があるため、
両方の持ち味をミックスしたことで、新鮮だけどなじみのある映像に仕上がっています。
②キャスティングと音楽の親和性
また、キャスティングや音楽の起用についても結果的にこの役目を意識した部分はあるのではないかとうかがえます。
劇中音楽には 若者に人気のRADWINPSが起用され、また彼らの曲が劇中にあえて目がひくように取り入れられるという斬新な活用を行っています。
世代ではありませんが大ファンだったという監督の希望もあって今回の抜擢になったそうですが、
作品を宣伝するにあたって「あのバンドが音楽やってるんだ!」というアピールは10代から20代の若年層には響いている節は少なからずあるでしょう。
さらに、主人公やメインキャラクターに有名な俳優や女優を起用したことも、
ジブリ作品ではよくみられる傾向ではありましたが、「君の名は。」の注目度を高めた一因です。
(特に主人公に神木龍之介さんを起用したことは若い世代の女性には大きなアピールポイントとなっているようです。実際私が見に行った時も、彼目当てで見に来たらしきお客さんを結構見かけました…w)
そして特にこれらの起用の仕方も、どちらかと言うと10代~20代にウケがよかったとううのが大きなポイントであると私は考えます。
というのも、現代の10代~20代といえばSNS世代ど真ん中の方々なので
彼らはSNSを中心とした口コミ拡散力、ないしはそれらの情報に対する信頼度が他の世代と比べて高い傾向にあるため、
この世代のお客さんにみてもらう、評判を広めてもらう、ということは、現在の社会では大きな影響力を持つのです。
数々のテレビメディアの朝情報番組でも「君の名は。」が取り上げられるようになったのも、実はTwitter等を中心としたSNS上での盛り上がりが一端を担っています。
このように、新海監督はこの作品をより広く様々な人々に見てもらうために
今までの作品と比較するとエンタメ性と大衆性を強めたことがうかがえます。
ですが、その二つを強める上で、監督自身が得意とするシチュエーションや語り口を使いつつ作品を作り上げていったため
昔から新海監督を知っている人も、初めて監督の作品を見る人にも比較的分け隔てなく受け入れられた結果となっているのでしょう。
これもひとえに、新海監督が様々な作品作りにおいて、向上心、挑戦心を絶やすことなく高めていったことが一番の要となっているのだと感じています。
…とまあ三日分にわたって「君の名は。」のレビュー的なないしは分析的何かをつづってきましたが、
何はともあれ、色んな人に一回は見てほしい作品です。
ついでにいうともう一回くらいは見に行ってみたくなる作品です。見に行きましょう(真顔)
今回作品の良さを伝えるにあたってつたない文章になってしまったのが私自身の反省点ではありますが、
他の様々なネット上の意見からうかがえるように、一回見てみると気づいたらいろいろ考えさせられる素敵な作品なので
(本当は「震災後の作品としての一つの在り方」という観点で「君の名は。」を分析するのも面白いなあ…と思いましたが…趣旨が違うのとさらに長くなりそうなので割愛しました)
今後もさらに「君の名は。」が見ていない人にも広まってくれることを願うばかりです。
新海監督、素晴らしい作品をありがとうございます1