徒然畑

徒然なるままに。

【No18】伊藤計劃 「ハーモニー」

ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

 

ところで私はPSYCHO-PASSというアニメが人生捻じ曲げられそうになるというおっかない程度に好きなんですが

そのPSYCHO–PASSを生み出したフジテレビの深夜アニメ放送枠であるノイタミナ
今年は劇場アニメに力を入れるということで、その企画のメインに据えられたのが
夭折のSF作家、伊藤計劃
彼は代表作二作を残し30代の若さでこの世を去ったのですが
 今冬、彼の描いた物語を劇場アニメ化しようというプロジェクトが立ち上がりました。
「ハーモニー」は彼の二作目となる作品であり彼の遺作となった作品です。
彼の処女作である「虐殺器官」も読んだのですが、個人的にこちらの方が好きです。
その魅力について分析したいと思います。
 
⑴文体としてのプログラミングコードの威力
一ページをめくった瞬間から驚きが走ると思います。
まるでプログラミングコードのような文体。機械のような旋律。
しかし、これはこの物語にとって重要なファクターとなっているのです。
主人公である霧慧トァンの感情が強く揺らぐ部位に走るプログラミングコード。
何の意味を示しているのかは、ここでは言いませんが
この文体は二つの成功を果たしています。
 一つは、SF小説としての世界観により一層説得力を持たせたこと。
もちろん、物語の描写でも近未来を思わせる風景が広がっていますが
文体のアプローチも世界観の表現に一役買っています。
もう一つは、ラストで見事な伏線回収を演出したこと。
ひとえにプロットの流れ上なるべくしてそういう文体になったから、というのが大きいのですが、
それだけではなく、どういう演出で見せたら読者の印象に強烈に刻み込まれるか、という考察の果てにたどり着いた表現とも言えます。
どちらかというと活字のみに馴染みがある生活をしている人がほとんどの中で
急に現れるプログラミングコードは、返って真新しいものに見えるのです。
たとえばハーモニーのように、表現したいテーマや物語の重要な部分が
何かしらプログラミングコードとつながりがある、ないしは、プログラミングコードを用いることに表現に説得力が増すのであれば、利用する手もありなのです。
たとえばロボット展覧会の広告にハーモニーのような文体を用いたりするのもおもしろいでしょうし
たとえばプログラミング研究会のホームページのナビゲーションレイアウトに取り入れたり。。。と
未知なる世界の表現、という意味では利用するのも一つの手です。
 
⑵SF世界で自然発生する黄金ルールと、そこから見える伊藤計劃の得意技
著者本人は「自分が描くとキャラクターたちに感情的部分が薄くなってしまう」と語っていますが
本人が言うほど登場人物たちが感情が乏しいように感じません。
そのわけは、物語がSFであるからという根源的なところにあります。
SF小説の世界は、読み手側が表現されているSFの世界が「本物の近未来らしい」と感じれば感じるほど
登場人物のちょっとした人間の感情らしい部分を見出すと、それだけで人間らしいと感じてしまうのです。
ここでいう「本物の近未来らしい」というのは、
何も描写されている街の風景や人々が扱う日用品、生活品がいかにも近未来の発明品ぽい、というだけに根付くというわけではありません。
実はそれと同じくらい大事なのは、その世界で暮らす人々の思想。
勘違いしてしまう人がいるかもしれませんが、一つの世界の生活様式の種となっているのはまずそこの世界に住まう人々の思考なのです。
その時代に生きる人の思考がまず根源にあって、近未来的な生活品がうまれるのです。
そのため、その近未来の創造物の根拠となるそこに生きる人間の思考が
しっかりと私たちの普段の生活の中で常識と思っていることからどれだけ先をいっているか、あるいはぶっとんでいるか、によって
SFの世界は成立します。
そのため、逆に言えばSF世界に生きる人々は私たちの常識とは違う常識で動いているのが基本。
ときには私たちが非道だと思うことでさえ彼らにとっては常識である場合があります。
そのため、そんな常識をひっくり返される中で、
読者と近い感情ーたとえば大切な人が死んで悲しみに浸るーの表現が垣間見えると
それだけで感情豊かに見えてしまうのです。
このハーモニーの作品は、描かれる作品の世界で生きる人間の思考がとてもしっかりと非常識的なものになっている。
そこから何故ハーモニーの世界の街や生活様式が生まれているのか論理的に全て成立している。
つまり、彼はたしかに本人が言うようにキャラクターの感情の部分を描くのが苦手かもしれませんが
彼の得意とする論理的に世界観を構築する能力のおかげで、その弱みの部分が目立ってないのです。
 
話は少しそれますが、この話は裏を返せば、
もし人間のありふれた感情や根源的な感情ー喜怒哀楽の大切さなどーを強く印象付けたい、テーマに据えたいと考えるのであれば
それと背反する世界観をまず基盤に据えれば良いのです。
普段の生活では「当たり前」として見過ごされる物事をアピールするには
その物事が殊更に特殊と思われるようなフィールドにぶちこめばいい。
実は物語の表現とは、その物語が描かれる世界の基盤構築が一番大事なのです。
物事って、意外となんでも基礎が大事なようです。
 
 


「ハーモニー」キャスト発表・主題歌発表PV - YouTube

 
先月公開されたハーモニーの劇場版PVの映像がこれ。
初めて見たときは何故か涙が流れてしまいました。
映画がどんな仕上がりになっているかは公開日を待つまでわかりませんが、
一つ言えるのは、ハーモニーの世界観とこの主題歌の調和は完璧だと感じてます。
公開は12月ですが、どのような映像でハーモニーの世界を見せてくれるのか。。。今からとても楽しみです。